ジリアン・ダイアー 著『広告コミュニケーション』(紀伊國屋書店 1985年  2500円)

広告を知りたい人のための広告業豆知識

 本書は、現代生活には欠かせないものとなった広告を、その歴史や効果、内容分析に及ぶまで幅広く解説したものである。まえがきにあるように、「本書は広告研究にとって必要ないくつかの基本的な考えと概念、そして材料を提供しようとするものである。」という本であり、大半を既存の資料の検討と整理という形態をとっている。
 なお、本書は訳書であり、全編に渡ってアメリカ、イギリス文化における広告活動について述べられているということを念頭においてもらいたい。
 序論においては、「広告とは何か」ということを説明している。
 広告の第一機能は自由経済を支えることであり、第二機能は社会的価値と態度を操作することだと述べている。しかし、広告は単に情報を伝えるよりも潜在的な消費者を説得し、理想的なライフスタイルを提示することによって商品を購入させる、という第二機能の方に重点がおかれるようになったと著者は主張している。
 また、広告が効果を上げるには、送り手と受け手に共通の文化があることが前提だということも重要な点である。
 第一章「広告の起源と発達」、第二章「新しい広告」では、広告活動の歴史的文脈と発達の変遷が中心となっている。
 広告活動が現代的スタイルになったのは、新聞の普及にともなう17世紀以降であり、20世紀になると、広告業が世間で認知されるようになり、経営学や心理学的手法を用いるようになった。
 また、戦前・戦中・戦後といった政府や国家の状況に合わせた国民の理想像、特に女性像作りを広告が担っていたと述べられている。
 第三章「新しいメディア」では、第二次世界大戦後、新しい説得方法が開発され、マーケットや動機づけの研究が盛んになり、販売促進技術が体系化されたことが述べられている。特に1950〜1960年代にかけて、放送メディアがラジオからテレビへと移行したことが焦点になっている。この時点で、従来広告活動の拠点であった新聞社は、テレビ会社と兼業・財政出資という形で提携を結び出し、新聞広告の損失分を埋め合わせるようになる。商業テレビの幕明けである。
 そして、広告料金が放送時間帯や、番組のタイプや、予想視聴者数に左右されるようになり、視聴率とスポンサーを意識した番組制作に偏る危険性を招くことになったのである。
 第四章「広告の効果」、第五章「広告は何を意味するか」では、広告の効果研究や、広告代理店による市場調査の方法、広告はいかにイメージが重要かという内容である。
 広告は社会的な意味や条件を反映するのではなく、一般に幻想や夢を通じて受け手に思考や感情の様式を教えるものだと著者は分析している。また、理想的なライフスタイルや男女(特に女性)のステレオタイプを提示・強調することによって、受け手が操作され伝統的な性差別を学習する結果を招いたり、ことばの乱用によってことばの本来の感情の価値が低められる、という広告批判が高まったことも言及している。
 興味深かったのは、登場人物の分析で、外見や視線・表情といった表現様式を細かく分析していた点である。
 第六章「記号論とイデオロギー」、第七章「広告の言語」、第八章「広告のレトリック」では、主に広告の言語的メッセージによって、商品とあるイメージ(ダイヤモンドは愛の証等)を結び付けるように意味づけられていることの説明がされている。
 ここでも広告活動の前提が共通の文化を持つことであると強調されている。また、どうすれば受け手を登場人物と一体化させられるか、どうすればより印象的で受け手に幻想を抱かせられるかという、広告の効果的な技法について様々な分析を行なっている。
 結論では、広告はイメージが最も重要なポイントであると主張している。それを著者はファンタジー(広告が与える魔術)と呼んでいる。章末で「広告を成功させるものはスローガンそれ自身でなくて、スローガンのイメージなのである。」と主張し、広告は内容だけでなく、記号の構造、意味交換等あらゆる仕掛や構造化が必要で、視聴者が意味をつくり出させるような意識的な働きかけが重要だとも述べている。
 このことは、商品を購入することによって広告によって商品に付加したイメージを消費することが、アイデンティティの獲得につながる、ということを意味している。
 以上が本書の概説であるが、本書は広告業を知っている人にではなく、知らない人に読んでもらいたい。「受け手」の立場では見えなかった広告を違う視点から、意地悪く言えば、広告の受け手誘惑の技法を透かして見ることができるアドバイス満載の本である。
(小泉 優子)

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