第2節 問題的経験の三つの領域

 

町田 美奈子


 1990年6月の改定入管法施行により、南米などに移民し日本人の子として外国で出生した者で日本国籍を保有していない者に、「日本人の配偶者等」という在留資格が与えられた。これによって、「日本人の配偶者等」の在留資格が与えられた日系2世の配偶者や子には「定住者」の在留資格が与えられるようになった。非日系人であっても日系3世までの者の配偶者である場合、日系人と同様の在留資格が与えられた。こうして、「日系人の配偶者等」および「定住者」として在留する者には、単純労働も含めてあらゆる業種での合法就労の道が開かれた。このように外国籍を持った者に対しても、以前に比べていくらか道が開けるようになってきた。しかし一方で、日本に暮らすにあたって、彼らが問題を抱えていることも忘れてはならない。ここでは、池上 重弘著『ブラジル人と国際化する地域社会』を通して、現在日本に暮らす外国人が直面している居住・教育・医療問題について触れていくことにする。


1.【居住】(池上 2001;60−84)
 外国人居住者の居住体系は、会社が直接関与する形態が8割方を占めており、会社が生活全般の面倒を見る形態、いわゆる「囲い込み」が根強く定着している。しかし、近年ではプライベート面まで業務請負業者に管理されることを嫌い、自分で借家を借りる外国人も増えてきているという。自分で契約した借家であれば、仕事と直接結びつかないので、職を失ったときなどの心配がないからである。そういった理由から、民間アパートに暮らす外国人居住者もいるが、民間アパートでは入居差別や保証人で苦労することも多い。そのため、それらの問題を克服することができる公営住宅を住居に選択する者が増えてきている。
 これまで、住宅・都市整備公団による公団住宅においては永住者および外国人登録をおこなっていないものに対して日本人同様の入居資格が与えられていたが、公社住宅および公営住宅の事業主体では、外国人への対応は様々だった。そこで建設省住宅総務課は、1992年に各都道府県あてに通達を出し、公営住宅の入居資格について、永住者および外国人登録をおこなっている者を原則として日本人に準じて取り扱うよう徹底した。これにより、外国人登録をしている外国人が公的賃貸住宅の入居申し込みをする際、国籍に関する制限により排除されることはなくなった。こういった背景を踏まえ、現在では公営住宅入居に際して、国籍に関する制限はなく保証人の確保も比較的容易であることから、公営住宅に暮らす外国人居住者が増えている。入居申し込みの際には、入居者の希望の場所を決めることができる。家族構成員の通勤の便、所属する業務請負業者の送迎態勢、団地の間取りや家賃、近隣に住む家族や友人・知人の有無などを入居の条件として考えている外国人が多いようである。


2.【医療】(池上 2001;228−251)
 滞在の長期化や家族滞在増加が進むなかで、医療問題は外国籍定住者にとって重要な問題となってくる。しかしながら、ブラジル人国籍者のうち、日本の公的医療保険制度にカバーされているのは多く見積もっても3割に満たないという研究もある。(布川  1997年)無保険者にとっては医療費の負担は重くなり、受診を躊躇させる要因となっている。日本の健康保険法に国籍条項はなく、皆保険の原則は外国籍の者にもあてはまる。外国籍定住者であっても、「国民健康保険(国保)」あるいは「健康保険(社会保険)」に加入することになっている。社会保険制度の適用事務所に雇用されている者であれば、事業主や労働者の意思に関わりなく、強制的に社会保険に加入しなければならず、その家族も被扶養者として社会保険にカバーされている。しかし、現実には外国籍定住者が雇用労働者として就労していても、社会保険に加入していない場合が多い。その理由の一つに、業務請負業者側の問題がある。多くの外国籍定住者の就労形態は業務請負業者を介した間接雇用であり、派遣元の業務請負業者側が保険料の原則半額負担を回避する目的で社会保険に加入しない場合があるためである。もう一つの理由は、外国籍定住者自身の問題である。社会保険に加入するには、社会保険に加えて厚生年金保険にも加入しなければならない。長期滞在を予定していない外国人にとっては厚生年金分の負担(収入の約8%)が、将来母国に帰ったときに掛け捨てになると認識されてしまう。よって、その負担を免れるために社会保険加入の届け出をしない場合がある。一方、国保の場合、そもそも法人事業所や社会保険適用事業所の被雇用者の加入を認めてはいないが、就労する外国人が国保に加入している場合もある。しかし、保険料の滞納や、地域移動・職業移動の際の手続きの不備、国保の「食いつぶし」と形容されるような利用などといった問題があり、このような実態を受けて、1992年に国保の適用対象となる外国人の基準を今一度明確化した通達が厚生省によって成された。これにより自治体ごとの対応には大きな差が見られるようになり、社会保険適用事業所で就労している外国籍定住者の国保加入を制限する自治体と、事業所を通じた社会保険加入が何らかの理由で困難な場合には、とりあえず国保加入を認める自治体とに二極分化されるようになった。この二極分化により、外国籍定住者のなかに不平等感が生まれ、制度への疑問が強まっている。
 医療保険未加入の外国人においては、緊急かつ命に関わる病気や怪我をした場合、従来は生活保護法による医療扶助が準用されていた。しかし、1990年に厚生省が短期滞在の外国人の緊急医療に生活保護を適用しないことを求める旨の口頭指示をしたために、生活保護による救済が不可能となってしまった。それを受けて、自治体によってはこういった人々を保護する制度を導入するところも見られるが、その対応は様々である。
 以上のことから、社会保険加入の際の厚生年金の掛け金や、国保加入、医療保険制度の不安定さなどが外国籍定住者にとって医療問題のネックとなっているようだ。


3.【教育】(池上 2001;124−139)
 平成9年度の文部省の調査によれば、全国の児童生徒総数に占める外国人児童生徒の割合は0.62%であった。なかには、就学上言葉によって問題を抱えた生徒ももちろんいる。これらの生徒たちのために、文部省では1992年度から日本語教育や適応指導を担当する専任教員の加配措置をとり、特定の時間に行われる取り出し学級などが行われている。また、外国人児童生徒の母語を話せる者が教員の指導の協力者として定期的に学校を巡回する「外国人子女等指導協力者派遣事業」が1993年から開始された。外国人児童にとって、日本語能力の不足により授業の内容が把握しきれないことがあるため、授業中生徒の横について加配教員が補足説明を行う「Team Teaching指導」や、「取り出し学級」が行われているが、学校によってその指導形態は異なっている。中学校卒業後の進路として、高校進学を希望する生徒も多いが、高校側が外国人生徒を受け入れる体制を整えていない場合も多く、進学の道は困難である。就職を希望する生徒にとっても、不利な条件を要求されたりすることがあり、進路指導には悩みが多い。
 以上のレビューを踏まえて、この報告書の第3章では、居住・教育・医療の三つの観点から分析を行っていくことにする。