ホームページ開設にあたって

富山大学人文学部    田村俊介 

このたび、私の研究室でもホームページ開設の運びとなり、読者の皆さんに一言ご挨拶申し上げます。
本来、古い学問とパソコンのホームページやブログのようなものとはそれほど縁がなく、そもそも、横書きというのは読むのも書くのも抵抗があるので、富山大学に於いて開設のシステムが整備されてからも私自身は無関心だったのですが、平成十八年度が始まり、ゼミの四年生からぜひチャレンジしてみたいとの申し出がありました。何事も、強制ではなく自分から意欲を持った試みは身によくつくものだという持論に基づき、規模を拡大しなればこれといった支障も生じないだろうという軽い気持ちで、このたび、スタートすることに決めました。

私の専門は、中世の無名な物語群であり、「教官について--著書その他」の欄に記したように、擬古物語(別称 中世王朝物語)の『白露』や御伽草子の『緑弥生』の注釈書を出版しています。しかし、擬古物語というのは、『源氏物語』をはじめとする平安朝物語の影響を強く受け、それらの詞章を積極的に取り込んでいる作品、という意味であり、前者の注釈書の中でも数多く『源氏』の影響を指摘しておりますし、加えて『白露』は意外にも『徒然草』の影響が一番強いということを中世文学会で口頭発表し、大方の支持を得ました。又、後者の中で明らかにした通り、『緑弥生』という御伽草子の言葉使いは、どうも『平家物語』と共通するところが多いらしい、少なくとも、現存の文献の中では『平家』を参考にしながら読み解いていくのが研究方法として一番有効な作品なのです。そういうわけで、最近では『源氏物語』、『徒然草』、『平家物語』なども広く浅く読んでいます。

富山大学人文学部に入学し、私のゼミに所属したいと思っている方は、『古事記』(712年成立、まとまった文献としては、これが一番古い)から御伽草子まで、自分の好きな作品を勉強することができます。但し、『源氏物語』に関してより専門的に研究したい方は、呉羽先生の指導を受け、授業を聴いたほうがいいですが、平安時代の『伊勢物語』や奈良時代、鎌倉時代から室町時代(能、狂言、連句など以外)までの作品のうち、とにかく、自分にあった作品を勉強することを何よりも望んでいます。勉強の方法、大げさに言うと学風に関しても、自分にあった方法を選べばいい、敢えて私のやり方を真似る必要はありません。但し、一つだけ必要なことを言えば、原文を作者の意図に沿って読むことから始めなければなりません。その作品に関してはあの先生が第一人者だという定評がある権威であっても、現代の学者の言うことを鵜呑みにするのではなく、作者の時代の価値観に添って、自分の目で作品に向き合ってもらいたい。そのためには、やはり、文語文法を正確にマスターして、ある程度の多読によって語彙の力をつける必要があるでしょう。だから、こんなホームページを見ているそこのキミ、高校の授業をおろそかにしてはいけませんよ。断片的に入ってくる情報によれば、富山大学に合格者を輩出している高校の国語は評判が良く、高校の授業は面白かったのに大学のはつまんないということはあっても、その逆はありえません。

話は変わりますが、最近、全国放送のテレビや新聞で、志望大学に合格するにはお金がかかる、塾に通わないといけないからという話をよく聞くようになりました。高校時代のみならず、一生を通じて塾に通ったり家庭教師に習ったりしたことがない私は、高校を差し置いて何が塾だと思いました。高校を差し置かず、なおかつ塾や家庭教師の勉強もしっかりやるというのであれば、健康が心配です。同じ意味で、「四当五落」という格言にも疑問を持っています。高校三年生のとき五時間を遥かに越える睡眠を取ったから、お前は大学に落ちたんだと言われそうであり、私が予備校を経て入学したのも比較的競争率の低い学部だったのですが、その後の人生がどうなろうと、勉強時間はリーズナブルな範囲にとどめ、その代わり集中する、そして、自分にあったものがあれば、サークル活動やスポーツなどにもチャレンジして、高校生の方は古文漢文以外の授業もきちんと受けて、バランス良い毎日を送るのが先だと言うべきでしょう。

分野によっては、学問をするにも社交性や協調性が必要なのかもしれませんが、日本の古典文学を好む人というと、まずは菅原孝標女(たかすえのむすめ)が思い浮かびます。私が予備校時代から愛読していた『更級日記』から察する限り、それほど、宮仕えの場で人との接し方がうまかったとは思えない。『紫式部日記』を読んでみても、紫式部も初対面の人は苦痛であったように想像しています。その時ああ言えば良かった、あの時こうせましかば良からましものをという後悔が積もり積もって『源氏物語』五十四帖という虚構世界を生んだのであり、彼女たちと直接会って話したことはないので(当たり前でした、スミマセン)断言は差し控えますが、いわゆる「暗い」人こそ古典が似合うというのが私の持論です。たまたま、平成十八年に卒業論文計画書を提出した私のゼミの諸君は、全員、こちらが恥ずかしくなるくらい協調性があって、とても明るい学生ですが、不器用な人も歓迎することをもう一度強調して、文を結びます。

開設早々こんなことを言うと拍子抜けするかもしれませんが、平成十九年度以降も存続するかどうかまったく未定です。平成十九年度には、平成十八年度の数名は当然ほとんど卒業する見込みであり、又、私が下の学年に望むのはホームページを存在すること以上に冊子体の本を読むことだからです。どうか御了承の上、軽い気持ちで、お立ち寄り下さい。

平成十八年 十月