研究室探訪

小谷瑛輔 准教授(東アジア言語文化コース 日本文学分野)


<噓から見える人間性>

小谷瑛輔 准教授
(東アジア言語文化コース 日本文学分野)
 私は日本の近現代文学を研究しています。文学というものに興味を持ち始めたのは、中学の国語の授業で、先生に指名されて、書かれている通りのことを答えたら間違いだった、という経験からです。文章の意味というものは書かれている通りを解釈すればよいと思い込んでいた私にとって、この体験はショッキングなものでした。
 小説の登場人物は、噓を付きます。また、時には、ただ自然に出来事を語っているかのように見える語り手さえ、噓を付くことがあります。小説を読むということは、ただ書かれている通りに出来事や気持ちを理解すればよいわけではなく、そのように噓をついてしまうことも含めて、言葉や人物を理解するということでもあるわけです。場合によっては、噓を付くということによってはじめて表現される人間の気持ちというものもあるのです。
 もちろん噓を付くというのは極端な場合ですが、そうでなくても、何かを隠したり、不正確な言い方をしたり、一般的な表現とは異なる言い方をしたりということで、かえって何かを表現するということがあります。このことは文学に限りません。私たち自身も様々な事情から、日ごろの生活で、必ずしも論理的ではない、正確ではない表現を用いることがありますが、そのような態度こそが、その背景にあるコンプレックスや事情を雄弁に語ってしまうということもあるでしょう。
 文学は、このような言語の様々な可能性を追求する試みです。それゆえ、文学を考えることは、人間と言語のあり方を考えることでもあると言えるでしょう。
 なお、私が中学の授業で読んだ文章というのは夏目漱石「それから」第六節の、主人公の友人、平岡の、妻が持ってきた着物について「まだ、そんなものを仕舞っといたのか。早く壊して雑巾にでもしてしまえ」と言う場面です。関心のある人はぜひ読んで、このときの登場人物の気持ちを考えてみて下さい。


<言葉とは何か、小説とは何か>
 私がもう一つ興味を持っていることは、〈再帰性〉と呼ばれる問題です。人間というものは自分のことを反省的に考えることができる動物です。それこそが人間に固有の知性だとも言われるわけですが、このときに用いられるのが言語です。言語というものは、その言葉が指し示す対象について述べるだけでなく、そのように表現する言語自身についても捉え直す機能があります。
 小説の多くはフィクションですが、フィクションというものは、存在しないものごとについて語るものです。そうした言語芸術では、対象を指し示すという機能が不確かである分、「ではその言葉とは何なのか」という問題が浮かび上がりやすい性質があります。この性質と深く関わって小説を書いた作家が、私が主に研究している芥川龍之介です。
 たとえば有名な「羅生門」では「作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と書いた。しかし、下人は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない」という一節があります。小説の記述について、小説の中で考え直してみせるわけです。芥川文学の語り手は、言葉の使い方を反省して改め、ときには矛盾する表現を用い、作品世界を何かの言葉で意味付けようと努力して、ときには失敗したりもします。しかし、作中の出来事を整った言葉で見事に表現しきること以上に、そのような言葉のあり方を読者に見せることの方が、小説というものについて何かを表現し得ているという点があるのです。
 芥川の作品は、小説を書く言葉自体に注意を促し、小説とは何なのか、言葉とは何なのか、そして言葉によってものごとを考える人間とは何なのか、読者に問いかけ続けています。


<若い人たちへのメッセージ>
 上に書いたのはやや哲学的とでも言うべき問題意識ですが、近代文学研究では、それに限らず、作品を題材にして様々なことを考えることができます。近代文学には多様なジャンルの作品があり、またそれぞれの中でも個性を持った作品が溢れています。特定の作品や作家について読みを深めるということはもちろん、日本の社会や歴史のこと、近代とは何かという問題、メディアの問題、都市の問題、思想的な問題、他の文化領域との関わり、様々なことを考える入り口となり得るのが文学です。また、そうした様々な関心から研究することによって文学研究は豊かになっていきます。
 私たちの研究室では、それぞれの関心や知識を持ち寄って議論し、作品の解釈を深めています。自分なりに関心を追求し、それを交差させながら一緒に議論できる仲間を、私たちは待っています。


【略歴】
1982年兵庫県生まれ。東京大学大学院博士課程満期退学。博士(文学)。2015年より現職。最近の主な論文として「「新技巧派」は「迷惑な貼札」か――芥川龍之介「饒舌」を視座として」(『敍説』2016年3月)、「芥川龍之介「疑惑」論――回帰する「狂人」と「怪物」」(『日本近代文学』2014年11月)がある。共著:『芥川龍之介ハンドブック』(鼎書房、2015年4月)。注釈:芥川龍之介『侏儒の言葉』(文春文庫、2014年07月)。