研究室探訪

入江 幸二 准教授(歴史文化コース 西洋史分野)


<なぜスウェーデン史か>

入江 幸二 准教授
(歴史文化コース 西洋史分野)
 西洋史は、ヨーロッパ・アメリカを中心とした広いエリアを研究対象にしています。そんななかでも、かつて世界の何分の一かを支配したイギリスやスペイン、近代以後の歴史を動かす革命を起こしたフランスやアメリカ、あるいはマンガや映画でもよく目にする古代ギリシア・ローマやドイツ。耳目をひく地域とテーマはいくらもあり、また日本語で書かれた興味深い書物や論文もたくさんあります。そんななか、スウェーデンを研究の対象に選んだのは、もとをただせばまるきり学問的な理由ではありません。高校生のとき、独特の演奏で知られるイングヴェイ・マルムスティーンというギタリストのファンになったのですが、その人がスウェーデン出身。それをきっかけにこの国のことが気になり始め、世界史も好きだったので、大学ではスウェーデン史を勉強することにしました。

カール11世とその家族。中央の乳児はカール12世。
(D・K・エーレンストラール)
 日本語で読める文献がほとんどなかったので、辞書をひきながら英語の文献を読み始めたのですが、とりあえず17世紀のあたりを読んでみると、ちょっと他の国とは違って面白い。17世紀のヨーロッパは、総じて危機的な状況に見舞われていました。たとえばイギリスでは2度の革命、フランスではフロンドの乱、ドイツ地域では三十年戦争と、激しい内乱や戦争に苦しみました。ところがスウェーデンでは国内に大きな政治的対立があったにもかかわらず、カール11世という国王が主導して大々的な国内改革を行ない、国家の危機を回避します。しかもその改革案は一方的に国王から押し付けられたのではなく、身分制議会という議論の場において認められ、実現しています。
 さらに興味深いことに、スウェーデンの身分制議会には、貴族・聖職者・市民にくわえて農民の代表も参加しており、一定の発言力を持っていました。相対的に幅広い階層の人びとが国政に関与し、そのうえ内乱を起こすことなく改革を成し遂げる。他の同時代の国の歴史に比べれば「血みどろ感」が少なく、議論で物事を動かしている印象を受けました。そしてこの印象がベースになって、卒業論文につながっていきました。

<歴史の厚み>
1800年頃のストックホルム(E・マルティン)
 現代のスウェーデン政治は「合意重視の政治」「妥協の政治」などと言われ、徹底的に議論を積み重ねて合意を形成していくのが特徴であるとされます。そのルーツはすでに17世紀にあったのかもしれない、とぼんやり感じたわけですが、では議論を重視するスウェーデンは悲惨な闘いや苦しみのない歴史をたどったのかと問われれば、むしろその逆。とくに17世紀は頻繁に戦争をしています。外国で戦争を行なったので国土が蹂躙されることは少なかったのですが、戦争を遂行するため国家は兵役と重税を課しました。それが人びとの生活に重くのしかかっていたのです。
 その後、ナポレオン時代に戦争したのを最後に、スウェーデンは200年間戦争をしていません。軍事のために重税を課すことはなくなりました。しかし今は、福祉のために重税を課しています。たとえば、出産・育児・教育に対する支援や、病気や失業時の対策などは大変手厚いものになっていますが、高福祉を維持するため消費税率は25%にも達しています。Warfare State(戦争国家)からWelfare State(福祉国家)へ転換したと言われるように、時代の変化に合わせて国のあり方も変えてきたしたたかさを感じます。もちろん、25%という数字は一朝一夕に編み出されたものではなく、相応の歴史の厚みに裏打ちされています。そして歴史を学ぶ意義の一つは、こうした「歴史の厚み」を感得し、現在と未来を考える一助とすることではないか。そんな風に考えています。
 スウェーデン史はたまたま選んだ研究対象ですが、思いのほか語りかけてくるものが多い。大学での学びは、そうした「偶然の出会い」が持つ面白さを堪能できるのではないでしょうか。

【略歴】
1969年、岡山県高梁市生まれ。関西大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。大学・高校・予備校の講師を経て、2013年より富山大学人文学部准教授。主な業績として、『スウェーデン絶対王政研究-財政・軍事・バルト海帝国-』(知泉書館、2005年)、『西洋の歴史を読み解く-人物とテーマでたどる西洋史-』(晃洋書房、2013年、共編著)、『スウェーデンを知るための60章』(明石書店、2009年、分担執筆)、「大北方戦争期のスウェーデン捕虜」(『北欧史研究』第28号、2011年)、など。