研究室探訪

澤田 哲生 准教授(哲学・人間学コース 人間学分野)


澤田 哲生 准教授
(哲学・人間学コース 人間学分野)

<現象学>
 私の専門分野は哲学と倫理学です。そのなかでも、現象学という思想をおもに研究しています。現象学は、19世紀後半に、ドイツ語圏(現在のオーストリアとドイツ)でエトムント・フッサールという哲学者が創設した思想です。19世紀のヨーロッパといえば、科学技術が格段に進歩し、18世紀にイギリスで起きた産業革命が各国に定着した時代です。人々は科学万能の世界観を、良くも悪くも、謳歌し始めました。フッサールという人は、特定の科学的知識や学問の立場に盲従して、物を知覚し、判断する19世紀的な人間の在り方を批判しました。簡単に説明すると、物を色眼鏡で見ることをやめ、<現れるがまま>に見ることを提唱したのです。そういうわけで、彼は自分の哲学に現象学(現れることの学)という名前を付けました。フッサールは、現象学を創設することで、もちろん科学や学問を否定したのではなく、その成立条件を探求しました。あらゆる習慣、前提、前後関係を捨象すると、物は私たちの心(現象学の用語で「意識」といいます)にどのように現れてくるのか。そこから、どのような学問が本来は設立されるべきなのか。こうした問いが現象学という哲学の根底にあります。

<フランス現象学>

 現象学は、第二次世界大戦後、ドイツの隣国のフランスでめざましい発展をとげました。私が研究しているのは、モーリス・メルロ=ポンティ(1908-1961)というフランスの現象学者です。フランスに現象学を導入した最初の世代に属する人です。メルロ=ポンティをはじめとするフランスの現象学者たちは、フッサールの現象学を、芸術、病理、政治問題、等々、さまざまな領域に拡張しました。作品の創造に際して、疾病に際して、社会生活の極限状況で、物は当事者各人の意識にどのように<現れる>のか――こうした問題に意識的に取り組んだのが、フランスの現象学者たちです。私が研究対象としているメルロ=ポンティも、物の現れ方を、芸術、病理、政治問題、等々の具体的な状況に置き直してから、思索をする哲学者でした。私は、この数年、メルロ=ポンティが言及・分析した症例や病理的現象(高次脳機能障害、幻影肢、神経症、統合失調症、文学と政治のなかの病的形象)の検討をつうじて、彼の現象学を研究してきました。そして、その成果を、2012年に『メルロ=ポンティと病理の現象学』(人文書院)という本にまとめました。

<なぜ病理学なのか>
 では、なぜ病理なのでしょうか。真・善・美が哲学のテーマであるとするなら、そこからかけ離れたように見える病理が、どうして重要なのでしょうか。メルロ=ポンティは、症例シュナイダーという高次脳機能障害の患者さんに言及しています。シュナイダーは、第一次世界大戦中に地雷の破片を後頭部に被弾しました。大脳皮質に損傷を被ったことで、彼は、さまざまな行動障害を経験することになりました。その障害の一つに、アナロジーの障害があります。<椅子の足>、<釘の頭>、等々の類推表現を、多くの人は一瞬で理解できるはずです。しかし、シュナイダーは、<釘の頭>ならば、自分の頭の位置を確かめ、それが人体の上の方にあるのを理解してから、釘の上部を探します。このプロセスだけを切り取れば、知的な生活をしているのは、患者のシュナイダーです。健常な人が頭を使わずアナロジーを理解できるのに対して、シュナイダーは、論理と推論を幾重にも重ねているからです。 この時に、人間の知性や認識機能は何かという哲学的な問題が生まれます。論理や推論はきわめて高次の認識機能とみなされています。しかし、仮にこうした知的機能だけに依拠して物事を認識した場合に、その時の行為はシュナイダーのように不自然な様相を呈することになるはずです。 それでは、私たちの認識機能を支えているものは、知性に加えて何なのでしょうか。シュナイダーの障害は、こうしたきわめて重要な問いを、私たちに教えてくれるのです。特定の学問的な視点や価値基準から、彼の行動を分析するなら、それは高次脳機能障害、失認、知的欠損、等々で片づけられるはずです。しかし、彼の前に現れてくる物や世界、そしてその見え方を包括的に(つまり一つの現象として)検討すると、そこには、健常な生活のなかでは見過ごされてしまう、数多くの重要な問題が垣間見られます。病理的な現象は、哲学・思想史のなかで、つねに軽視されてきた現象ですが、以上のとおり、現象学は人間の生のネガティヴな側面にも配慮が行き届いた学問であります。そして、この点こそが、私の現在の研究のモチーフとなっております。

<若い人たちへのメッセージ>
 私は、偶然のきっかけから、現象学を研究することになりました。学部時代は、フランス語でメルロ=ポンティの著作を一緒に読んでくださった先生との出会いがあり、現象学を勉強し始めました。その後、博士課程の時にフランスの大学に留学する機会を得たことから、病理学と現象学を合せて研究することの重要性を知りました。独力で何かを探して見つけたとか、確固とした目標を設定して計画通りにそれを実現したとかではありません(それはそれで重要だと思われますが)。人や環境との出会いを通じて、自分の知らないところで、自分の研究が自然に形成されたと考えています。いろいろと大変な時代ですが、若い時こそ、内にこもらず、できるだけ多くの出会いを経験して、後の人生を実りあるものにしてもらえればと思います。

【略歴】
静岡県静岡市に生まれる。2008年、パリ東(旧第12)大学大学院博士課程哲学・認識論専攻修了。2009年、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻単位取得満期退学。2013年から現職。著書:『メルロ=ポンティと病理の現象学』(人文書院、2012年)。論文:Annales de phénoménologie誌(Amiens, Association pour la promotion de la phénoménologie)をはじめとして、国内外の学会誌に論文を多数発表。