トンデモ「研究」の見分け方・古代研究編 :中間目次 :

まとめ――文献研究は職人仕事である――


 自称「研究家」の陥りがちな過ちをこうして並べてみると、彼らは総じて学問を甘く見すぎているといえます。

 理系の研究は「ひらめき」がものを言います。ですから企業の研究所のようなアカデミズムの外側にいる人でも、ノーベル賞級の業績を上げることができます。しかし文献研究は「ひらめき」よりも「積み重ね」の方がものを言います。古典や外国語を読むには、長年の修練を積んで語彙や文法の知識を増やし、文献の扱い方に習熟しなければならないのです。それはあたかも職人仕事のようなものです。
 手に職をつけようと思ったら、まず師匠に弟子入りして一定の期間修業をしなければなりません。例えば日本料理の板前になるには、まず洗い場係から始まって、そこで道具や材料の扱い方を覚え、先輩たちの技を盗みながら、料理の技術を身につけていくのです。もし洗い場係の新米が
 「今までのやり方は固定観念にとらわれすぎだ。オレは自由な発想でこんな画期的な料理を思いついた。さあ店のメニューに入れてくれ」
などと言ってもまず相手にされません。そこで
 「料理の世界は閉鎖的だ。せっかくの斬新な発想を無視しやがる。上の奴等がお株を奪われるのがいやだからこんな扱いをするんだ」
などと騒ごうものなら、店からたたき出されることでしょう。
 しかしこういう厳しい世界をくぐり抜けてきて、確かな腕前を身につけた板前を雇っているからこそ、店は舌の肥えた客に高く評価されるのです。無論伝統的なメニューばかりに固執していたのでは客に飽きられますから、メニューの革新は欠かせません。しかし伝統の技を改革することができるのは、伝統をしっかり身につけた人だけです。料理に限らずどんな世界であれ、半人前以下の技しかない人が「伝統の打破」などと言っても、それは単なる独り善がりに過ぎません。
 ところで今の新米の板前のセリフ、どこかで聞いたことがあるような気がしませんか? そうです。料理の世界を学問の世界に置き換えれば、自称「研究家」のアカデミズム罵倒のセリフと全く一緒ですね。
 料理人や職人なら、「××で○年修業しました」と言えば、人々は「さすが、道理で立派な仕事をする」と感心します。「閉鎖的な徒弟制度の世界で○年も師匠にへつらっていれば、きっと人格がゆがんでしまっているだろう。そんなやつの料理がうまいもんか」などと言う人はまずいないでしょう。ところがこれが学問になると、大学院できっちり修業を積んだ学者を「閉鎖的な徒弟制度の世界で○年も教授にへつらっていれば、きっと人格がゆがんでしまっているだろう。そんなやつの説が正しいもんか」とバカにする人が後を絶たないのです。
 こうなってしまうのは、やはり「学問に対する誤解」の根深さが原因だと思います。特に文献研究は見たところ「本を読むだけ」ですから、誰でも簡単にできそうに見えてしまいます(理系の研究者でもそのように誤解している人がたくさんいます)。しかし単に「本を読むだけ」では、「鑑賞」はできても「研究」にはなりません。必要な文献を探すことから始まって、文献自体の性格を把握し、必要な箇所を探り当て、他書からの引用は原典を確かめて「裏」を取り、辞書や参考書を駆使して用例を集めて的確な解釈を行うのは、どれも修業しなければ身につかない「職人技」です。まして古典や外国語を読むには、多くの文を読んで「センス」を磨かなければなりません。単語一つ一つを辞書で調べてつなぎ合わせるような読み方では半人前で、句単位、文単位で「この句形ならこの意味」「この種の文献の中ではこんな意味」といったことが一瞬でわかるようになるまで修業しなければ、本当の意味で「読める」ようにはならないのです。多年にわたってそういう厳しい読み方によって積み上げられた蓄積を「固定観念」と全否定しようとするのは、新米の職人が「伝統の技」を全否定しようとするのと同じ独り善がりな行為なのです。
 「研究ごっこ」にどれだけ血道を上げようとも、それが本物の研究になることは決してありません。それはあたかも電車の運転士を夢見る子供が電車ごっこで何百回遊んでも、それで本物の電車を運転できるようには決してならないのと同じです。電車の運転士になりたければ、電車の仕組みや信号システムの仕組みを、訓練や講習によってしっかり頭と体に叩き込み、厳しい試験をパスするほかに道はないのです。同じように「研究」をしたければ、その分野の基礎知識はもちろん、学問の常識とルールを厳しい研鑚によって身につけるという「正面からの道」を行くほかには道はないのです。
 文献を読むのは職人仕事であり、修業を積まなければ一人前にはなれません。文献研究を甘く見てはいけません。このことを改めて声を大にして言っておきたいと思います。

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