ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア1)

『たったひとつの冴えたやりかた』2)

 

 この作者の名前はSFファンにはおなじみのものだろう。実は女性だとわかったときの驚き、劇的なその人生の終わらせ方。これらと作品が関係づけられて語られることも多い。が、ここではひとまずそれは措いておこう。

 

 16歳になったばかりの少女、コーティー・キャスの冒険物語である。彼女は誕生日に両親から小型スペース・クーペをプレゼントされる。宇宙船を運航させるのに必要な、宇宙の知識や操縦技術はすでに十分に備えている。

 

 コーティーは両親に気づかれないようにして周到に準備をととのえ、宇宙の辺境へと一人飛び出していく。未知の世界への憧れに駆り立てられて。向こう見ずではあるけれど、無謀ではない。勇気に満ちた少女の単独行が始まる。

 

 コーティーの時代、人類は宇宙の中で「ヒューマン」と呼ばれる1種族で、すでに50余の異種族(エイリアン)と接触ずみである。コーティーにとって、遠い星を探検して、ファースト・コンタクトをした人たちは英雄である。

 

 ふとした出来事からコーティーは、自分とよく似た性格のエイリアンと遭遇する。このエイリアンもまた若く、いくぶん未熟である。コーティーは次第にそのエイリアンに友情を感じ始める。

 

 この出会いがどのような事態を招き、そしてコーティーはそれにどう対処するのか。ある書評者は、「この小説を読みおわる前にハンカチがほしくならなかったら、あなたは人間ではない」と、言ったそうだ。3) 筆者(= Wunderkammer 管理人)も、読むたびにハンカチを必要としているが、なぜそうなるのかを考え始めると、作者ティプトリーの最期がどうしても思い出されるのである。

 

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1) James Tiptree, Jr. (1915-87) アメリカの作家。ラクーナ・シェルドン(Raccoona Sheldon)という女性名のペンネームでも作品を発表した。

2) The Only Neat Thing To Do. 1985年に雑誌F&SFに発表され、1986年刊行の作品集The Starry Riftに所収。邦訳ではこの作品集全体が『たったひとつの冴えたやりかた』(浅倉久志訳、ハヤカワ文庫、初版1987年)の題名で刊行されている。表題作の他に収められているのは、『グッドナイト、スイートハーツ』と『衝突』。これら3つの作品が、「ヒューマン」時代を知る古文書として、未来の図書館で貸し出されるという設定でつなげられている。

3) 訳者あとがきの中で紹介されている。(ハヤカワ文庫、384ページ)



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